あの頃の吹奏楽部には、決まった練習場所というものがなかった。それは逆に言えば、どんなところでも練習場所になりえた、ということ。各教室や特別教室、小ホール脇のロビーや洗面台の間のスペース、時にはチャペル。それから別棟の小学校の体育館、中庭に面したテラス、林の中。10代の体力は、階段だけしかなかった校舎内をティンパニーやグロッケンをガラガラと運びながら、縦横無尽に移動できた。
乗りに乗った夏は、急に訪れた。それまでは部活動に参加していてもどこか憂鬱で、没頭できなくて、なにかモヤっとした疑問符が頭の中をかすめていた。雨が降ればいいのに、林の中の練習がなくなるから、と梅雨のころまで思っていた。だけど自分の心の中のなにかのきっかけで、ちょっと前傾姿勢で飛び込んでみた。そうしたら、音楽が、音を立ててキラキラと輝きはじめ、楽しくなった。何か魔法のようだった。あんなに遠ざけたかった、自分が担当していたTromboneという楽器を、みるみるうちに好きになった。いろんなことが輝き始めた高校2年の夏。泣いたり笑ったり、全力だった日々。何かの活動でも役割でも、岐路に立った時、続けるにしても、やめるにしても、いったん没頭してみよう。決断するのはそれからでもいい。なんとはなく、どこかそれが人生の指針のひとつになっている。そして今でもTromboneの音色を見つけると、郷愁と自分の原点とを想う。