以前よりもフットワークが軽くなって、いくばくか旅慣れたかもしれない、と思うのはこんな時だ。ふっと思い立って宿や飛行機の手配をしてもらい、どこか日常の延長のような気分のまま南を目指したのは大寒の日だった。まさに暦通りを狙ったものか、列島中を最強寒波が渡り歩いた日のこと。なにしろ出掛ける時分は早朝の真っ暗な中、もこもこの雪を踏みしめる有様。次から次と顔に当たる雪の粒は痛いほどで、駅までの道のり、車は視界を遮る雪の中慎重に進む。それが同日の遅い午後には雪のない場所に着いているのだから、一瞬季節と時間の感覚がどこかへいってしまう。
ちょっとばかり遠出をすると途端に欲張りになって、ノスタルジックな街並みに惹かれる質としては、あちらの路地、こちらの路地と、同行者を引っ張りまわしてしまう。もちろん事前に、今回訪ねたい場所を絞り込み、その日の予定として大体まとめてはおくのだが。
着いたその日、夕食を楽しんだ後、賑やかな通りをそぞろ歩いていると一軒のアイリッシュパブが目に留まる。まるい看板の“GUINNESS”の文字が通りの空気になじんでいる。店内では、旅行者だろうか、外国の御仁が7、8人楽しそうに談笑している。全員が知り合いというわけではなさそうで、お客の一人、赤い顔をした大柄のご機嫌なミスターが、ジョッキを飲み干してはほかの組に陽気に話しかけているように見受けられた。広くはない店内、緩い角度のついたカウンターに落ち着こうと身体を斜めにしつつ進んでいって、ミスターに占領されそうな丸椅子を指さし、私「ここに座ってもいいですか?(ジェスチャー)」ミスター「もちろんいいよ!(ジェスチャー)」と、笑顔でアイコンタクトをする。カウンターに肘をつき、ゆっくりメニュウを眺めつつ、ハブが漬け込まれた大きな瓶に目を丸くしたりする。
よく見れば、店を切り盛りしているのは若い女性ひとり。飲み方の早いお客の注文を、そつなく、しかしにこやかにこなしている。聞けば普段は、この近くの別の店で料理を作っているという。どおりでどこか余裕があるわけだ。時折彼女と言葉を交わしたり、陽気なお客たちを眺めたり、そんなふうにして夜は更けていく(世の人々から見ればほんの宵の口)。
かくして翌日、1日ドライブをして慣れない道にくたくたになったおなかを少し満たして元気を取り戻したあと、すっかり日が暮れてから彼女が普段居るというお店を訪ねてみた。私たちの姿を見るなり、ぱあっとした笑顔で迎えてくれた。店内には、カウンター席の私たちのほか、ゆったりとした女性客。テーブルにはグループ客がふた組、それぞれ楽しそうに談笑している。ドリンクのサーブなどはもうひとりの、若い男性が担当しているが、ここでの調理は彼女ひとり。よくやっているなあと思う。たれも自家製だという、ていねいに拵えられたお惣菜を数種類嬉しくいただく。続いて、人気メニューだという食べ応えある大きなしゅうまいや、沖縄そばの生麵を使ったクリームソースの“パスタ風”などもぺろり。楽しい食事は胃袋を大きくするのか。
彼女は厨房でお客からの注文をこなしつつも、合間合間にこちらの目を見て話してくれる。これも接客の極意だな、見習わなければ、と感嘆する。そんなことを伝えたら、週末は(注文の伝票が目の前に並んで)大変なんですよ、という。夏、農園カフェでは注文が立て込めば、いつもどきどきしてしまう私だが、さて、今年の夏はいかに。
素晴らしい景色や珍しい食べ物などとの出会いも旅の醍醐味だが、思いがけないひととのめぐりあいや、こころの通うやり取りというのは、なんともいえず自分を幸せにしてくれる。これは計画できないし、もちろんガイドブックにも載っていない。特別な嬉しいサプライズだ。
雪深い雫石に戻ってきて、テレビから流れてきた天気予報でその地名を耳にすると、それは以前は感じなかった懐かしさをもって響く。あの店の佇まいや、よい感じに寂れた、しかし人の営みが息づいた裏路地などが、ほわりと目に浮かぶ。訪れた先でも戻ってきた場所でも日常は続く。旅と言いながら、旅は日常の延長線上に確かにある。