思いがけず、機会が巡ってくることがある。

父方の祖母は明治生まれで、商家のお嬢様育ち、と聞いている。民謡や三味線が好きだった。よく、近くの活動センターに出掛けていたから、友人も多かったのではないか。身近な存在でありながら、何気ない日常の中で祖母がどんな風に過ごしていたか、私が知っているのはごく断片的な事柄だけだ。

その中で覚えていること。毎年なのか、その年によるのか、いずれ彼女は年末年始に友人たちとその温泉の自炊部に逗留するのが常だったらしい。昔聞いたそのことすら、自分の記憶の襞の中に半ば埋もれていたが、山あいのその温泉を訪ねる機会は不意にやって来た。よく晴れた日、日差しのまだまぶしい日。昔ながらの建物が数棟、懐かしさや静かなまどろみに包まれながら、まったく気取らぬ雰囲気でそこに在った。茅葺の屋根、縁側の続く長い廊下。自炊部の建物には年代物のコンロがあるのが見える。のんびりと長期滞在ができるような、割とあけっぴろげな和室はシンプルな作り。わざとらしい情緒はいらない。最低限の利便性と解放感と、ああこの場所、好きだな、と思える一体感と、優しいお湯があればいい。

昭和のその時代、女性に課せられた役割だったり、「・・・しなくてはいけない、・・・でなくてはいけない」という風潮だったり、は、まだまだ根強かったはず。ましてや、年越し前後の晩に家を離れ、温泉で過ごすとは。それがなぜ可能だったのだろう。そういえばなんとなく、思い立ったらふらりと気まぐれに、いそいそと出かけるところが、祖母と父とは似ている。だからといって、煮物のにおいのする台所の記憶もちゃんと私の中にある。波打つガラスのはめ込まれた明るい窓から、人生楽しくよ、と語りかけるような、晩夏のやさしい陽が射していた。

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