ちっちゃな旅をすることがこの数年増えている。出発日が決まれば、たいがいその町にどんな場所があるか、行ってみたいお店があるかなどを、うきうきと調べる。その作業は、ほぼ自分の目線で行う自分のための楽しみなのだが、今回はちょっと違っていた。その町を一緒に訪れた友人から「ぜひ一緒に行きたい場所があるの」と嬉しい提案があったのだった。「お菓子屋さんなのだけれど、あなたがきっと好きだと思うようなお店なの」。実はそんな風に言われることは自分にとっては初めてか、限りなく久しぶりで、とても新鮮なことなのだった。まして私の嗜好を知っていてもらえていたことを、心がきゅっとなるように嬉しく感じた。早速、青い海岸を眼下に眺めながら、高台にあるその店を目指した。

建物は和風の佇まいで、暖簾をくぐり入り口を開けると、大きなショウケースにたくさんのお菓子が並んでいた。和のもの、洋のもの。イート・イン用の、お皿に品よくまとめられたわらび餅や、プリン・ア・ラ・モードかと見まがうような、フルーツと盛り合わされたブラマンジェ。迷いに迷って私が選んだお菓子は、つい先ほど通り過ぎてきたあの海岸の名前が付けられた、ボリュームのあるケーキだった。そして、もちろんイート・インでお願いしますとお店の方に伝えて、私たちは奥に通されたのだった。

じつはこの海岸を40年前に一度訪れている。父の仕事先の、初対面の大人数との海水浴という、私にとっては大きな旅だった。もともと人見知りで社交的ではないし、普段は慣れ親しんだ人たちの中で過ごしていたのだから、旅を楽しめるかどうか不安な気持ちもあった。ましてや、その頃の私はあっという間に車に酔ってしまっていたから、当時片道3時間はかかる道中を無事に越えられるかの心配もあった。なにはともあれ、それらは杞憂に終わり、新しい友人たちと共に海を満喫したのだった。めったにない遠出は子供時代の珍しい思い出になったから、海岸の名前も一度で覚えて、以来忘れることはなかった。

通された先は個室で、テーブルの真ん中には囲炉裏。それを囲むように席が配置されていた。注文したお菓子が抹茶と共に運ばれてくる。予期せぬ囲炉裏と抹茶の登場は嬉しいサプライズだった。懐かしい名前のケーキとじっくり向き合う。しっとりときめ細やかな土台のスポンジと2種類のクリーム、果汁があふれるさわやかないちごが層になり、その上に波打つようなさっくりしたパイが重ねられていた。あの頃走り回った砂浜はすっかり同じ形ではなくても、いまもちゃんとそこに在って、青くきらきらと光を輝かせながら、にわか旅人を迎え入れてくれる。

SHOP INFO

営業時間

7月上旬〜9月上旬10:00〜16:00【定休日:期間中無休】

10月〜6月は閉鎖期間のため営業しておりません。

オープンカフェのため天候等により臨時休業する場合があります。

住所

岩手県岩手郡雫石町七ツ森129

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